ストラテラやコンサータを服薬するとwaisの結果が伸びるのか

ストラテラコンサータを服薬するとwaisの結果は伸びるんでしょうか

 

Twitterでアンケートをとりました。

およそ80人以上の方が答えてくれました。

 

 

 

結果3人に1人が未検査でADHD診断され、3人に1人が効果がなく、3人に1人が効果を実感していることがわかりました。

 

ストラテラコンサータで効果を実感している人が2人に1人いるのはすごいことだなと思います。治らない障害のADHDが薬で改善されることが証明されたように思います。

また一方で薬は合う合わないがあるので、効果を得られない人もいるのかと思うと、その方々が生きるのは大変なんだろうなと苦労を垣間見ることができました。

 

今回私がwaisⅢを受けたときからストラテラコンサータでどれくらい変化があるのか気になって診断を受けたいと思い予約を取りました。

 

そもそもの話しなのですが、過去のブログにも書いた記憶がありますが、私はストラテラを服薬してから脳の発達した感覚を得ています。

特に言語能力は著しく上がったように感じています。

ということでこちらもアンケートをとりました。

 

 

 

 

やはり、2人に1人以上の発達障害を持つ方が、脳が発達したと実感した体験があることがわかりました。

フォロワーさんから聞いた話や質問箱に匿名で教えてくれた方からの話を聞いても、発達障害由来できなかったことができるようになった体験をしていました。

発達障害の脳は発達することができるのだと、分かったことが喜ばしく嬉しい限りです。

だから発達障害由来で〇〇だからできないというのも、何かのきっかけで発達することがあるのです。脳は発達する、発達障害を持つ人には救いの言葉かもしれません。

実は私が脳が発達した瞬間を感じたのは、ストラテラだけではありません。

発達した瞬間を感じたのは2回あります。

 

まず1回目、私の小さい頃といえばとにかく落ち着きがなくじっとしていられず、他人と自分の境界線が分からない子どもでした。

その頃はおそらく積極奇異型のASD全開の子どもでした。誰とでも距離が近く仲良くなるのに、約束をすっぽかしたりするADHDASDが混じり合った発達障害だったと思います。

なんというか感覚的には自分しか存在しない世界に生きていました。他者の気持ちが読めず、自分がやりたいことを最優先して他人の気持ちにも自分の気持ちにも鈍感でした。空気も読めず我儘でしょうもない子どもだったと思います。小4年生になるといじめが始まりましたが、いじめをいじめと認識できず、学校で漫画のような面白いことが起こった。こんなことが実際にあるのだな!と楽しそうにしていました。

小学5年生のある時、担任の先生から名指しで「安川さんは文句を言ったりして他人をせつくことがある。でもよく言えば他人のお尻を叩いて応援している」

と言われました。

何かおかしいことに気がつきました。

私は文句を言っていたんだろうか?と気づき、もしかして言葉は他人に影響を与えるんじゃないかと気付きました。もしかして他人はなにか、ストーリーの脇役のような話しても価値がないような、モブのような存在じゃないのかもしれないとやっと分かることができました。

この発見にびっくりして、これが世界なんだと気づいた瞬間でした。それ以降、他人は生きていると学び、他人という存在を認めて会話することができました。といっても全然積極奇型は抜かず元気に学校に行ってましたが、他人という大きな存在から受け入れてもらえないということが辛くいじめが辛いものになりました。

これが私の中の1回目の脳の発達です。

 

 

2回目の脳の発達は中学2年生の時です。

同じように積極奇異型なのは相変わらずでした。好きな子の追っかけをして何度も何度も好きとアピールしたり好きというをたくさん伝えてそれが生きがいになって学校に行っていました。いじめは中学生になってからも続きました。学校生活は苦しかったのですが、親には逆らえず、好きな子がいるからなんとか学校に行っていた状態です。

ある時、授業中にビビっと頭の中で何か歯車が噛み合ったような感覚に陥りました。そして他人も自分と同じように生きているのではないか、と気づきました。他人と一緒に生きているという感覚をいきなり感じて全て分かった感覚になったのです。

自分が今までやってきたことを知り、今までのこと全てに自分が悪いんだと気づき、どうしたら良いのか分からなくなりました。今のコミュニケーションではダメだ、もっと他人のことをう考えて話し方を変えて高すぎるテンションを抑えて、なるべく言い合ったりしないようにしなければいけない、コミュニケーションは大切なんだと分かりました。本当にいきなり全て分かった感覚に陥りました。そして気づきを知った途端に積極奇異型から受動態に変化しました。また何故かいきなり勉強が分かる感覚に入り、今まで分からなかったモヤのようなものがクリアになり、急にテストの成績が伸びたり勉強をすることができるようになりました。

一言で言えば生まれ変わったかのような瞬間を得ました。

また適切なコミュニケーションを取れるようになりクラスの人とうまくやれるようにやってからいじめがなくなり、学校も楽しく通えるようになりました。

そして、好きな人にもうアピールしていたことが恥ずかしくなり静かに相手を想うような恋に変わりました。

 

これらの体験を得て今の私が存在していますが、ストラテラを2017年から4年間服薬した結果言語力が伸びていることに気がついたように思います。それはまるで霧の中にいたのに視界がだんだんクリアになって見えたような感覚です。

実際にはどう変わったのかテストの点が伸びたとか分かりません。が、確かに私はストラテラの効果を実感してそのおかげで言語能力が伸びました。そこで今回言語力を調べたwaisⅣを受けたいと思い再検査する流れになりました。

またもしかしたらテストの結果が定型発達の脳になったのではないかという不安もあります。(ストラテラコンサータを服薬しない定型発達になりませんが。)

 

知能検査を受けて、実際にはどう変わったのかを調べたいと思います。

テストは全力で行うため、コンサータ18gmとストラテラ40mgを飲みます。本当なら80mg飲みたかったのですが、まだ主治医からOKと言われていないので40mgでのチャレンジです。

 

知能テストは怖いですが、頑張って行きたいと思います

 

ストラテラとコンサータの効果の体感

本日メンタルクリニックに行って、知能検査を受けたい旨を話したところ、OKとのことなので予約してきました。

 

今回、知能検査を受ける理由はというと、ストラテラを服薬してから自分の得意不得意が変化した実感があるからです。

特にストラテラを服薬してからの変化が大きいので、もう一度知能検査をして自分の苦手な部分を知りたいということで今回検査に挑むことになりました。

 

ストラテラを服薬してから、自分の中の衝動性が消えたように感じます。発想力や柔軟な思考がなくなり、堅実的な考え方をするようになりました。落ち着いてしっかり考えられるようになった気がします。

以前WAISⅢを受けた時には知覚統合が1番優れていたのですが、ストラテラを飲むようになってからは下がっている実感があります。

頭の中の同時に複数のレイヤーで考えることができるような思考回路がなくなり、突発的な理解力がなくなりました。実際に詰碁をするのですが、ストラテラを飲む前の方が早く解けていましたし、実戦の囲碁も時間がかかるようになりました。

逆に伸びているのは言語が爆発的に伸びています。ストラテラを飲む前は同時に言いたいことがいくつもでてきて、何を優先して話せばいいのか分からずに吃ることが多かった記憶があります。例えば、今日の天気の話など頭の使わない相槌を打てば良いような会話は得意だったのですが、難しいことを考えて結論を話すような会話や会議は苦手でした。こういったブログに文字を書くのも苦手です。

ストラテラを服薬してからは、言葉が同時に思い浮かぶようなことが少なくなったので話しやすくなりました。実際に入院時ストラテラを抜いて生活している時は吃りが多く話すことがいっぱいいっぱいになっていたのですが、ストラテラ処方後は診察時に吃ることがなくなりました。先生からも指摘されたので、確実に言語能力は伸びています。

 

変化がないように感じるのは、作動記憶や処理速度です。作動記憶と処理速度が必要な車運転は未だにできません。作動記憶が遅いので、瞬時に歌詞を思い出せなかっりします。ストラテラは効果ないと思いますが、その分コンサータは作動記憶や処理速度に対して効いている実感があります。コンサータを服薬してからカラオケにいくと明らかに点数が高かったり、暗算が比較的しやすくなったり、料理をするのがスムーズだったりします。普段コンサータを使用しないので、実感として感じることが少ないので書くことが難しいですが、作動記憶や処理速度はコンサータが効いている感じがありますね…。運転するならコンサータが必須だなと感じます。体幹バランスもコンサータを使用している時は、バランスが取れているので運転しやすい、身体が軽い感じがあります。

 

これらは全部憶測なのですが、体感として得られる薬の変化はこんな感じです。

実際にテストして、自分の感覚が正しいのか、ズレているのかを確かめたいなと思っています。

テストは休日明けにあるので、しっかり睡眠をとってコンサータを服薬して挑みたいと思います。

 

 

 

 

waisⅣを受けるにあたって自分の中の振り返り

明日病院でwaisⅣを受けたいという旨を伝えてきます。

それで、受けるにあたって、自分の中でwaisⅢの振り返りをしたいなと思いました。

 

まずwaisⅢを受けた日の日記を読もうと探したのですが、まさかwaisⅢを受けた日の日記だけなかった。よっぽど自分の中でダメージが大きかったのかなと思い、記憶にあることを書き記して行こうと思う。

 

 

 

 

waisⅢを受けた後のこと、思い出すと、とにかくなんて言ったらいいかが分からないテストだったということだ。とにかく話さなければいけないのに、本当にこのことでいいのか、はたまあ違うのか、という気持ちがいっぱいになって、文章のように言葉を使うのが難しかった。

とくに〇〇の意味について答えなさいという問題が難しかった。答えはたくさんあって、なのに正解を言わなきゃいけないのが大変だった。

答えを言うと、まだありますか?と聞かれて、どうしていいか分からなかった。

逆に簡単だなと思ったし、楽しかったのは図形のパズルみたいなやつだった。

元々パズルを解くのが好きなので、気持ちよくできた。楽しかった。

それから短期記憶を調べる試験では、聞き直しが多かったように思う。多いのに、最初の数を覚えられなかった。あと途中で時計を見ることに気を取られてて話を聞いてなかったりした。

話を聞かなきゃいけないテストなのに何やってんだろうという気持ちである。

常識問題は以下に自分に常識がないのかを理解した……本をよく読んでいるつもりでも、内容が偏りすぎていて、いまいち一般常識に結びつかない。残念だなと思ったし、一般常識をやり直そうと思った。

 

 

というのが私の記憶の中にあるテスト後の感想だ。

なかなかADHDらしいテストの受け方だと思った。なら今度waisⅣを受けるにあたって、コンサータストラテラを増やした状態でテストすることになる。

どういうテスト結果になるか楽しだ。

同時に、いろいろな不安もあり、明日waisⅣを受けたいと医者に伝えた後にストラテラの作用やコンサータの作用の感想を書こうと思う。

 

とりあえず今日はこんな感じで

就労支援に行けなくなった

就労支援に行けなくなりました。

元々週2.3通うレベルだったんですが、ついに完全に不登校になりました。

就労支援側から連絡が来ても電話に出ないしメールもシカトです(社会人として最低) 

 

とにかく就労支援が苦痛で、毎日茶番センサーが発動してたのを我慢して行っていたんですが、とうとう無理になりました。

 

毎日仕事もないのに、インデードの更新とハロワの更新を待つだけの日々にストレス負荷。

そもそも車を持ってないし運転できないので、働く場所が限られていて、その中で探すことがとにかくメンタルが削られてました。

 

最近、スパッと在宅ワークで就活をしていて色んな仕事に触れていると、そういうストレスがなくなって楽になりました。

(今減薬中なので、寝てる時間が多いですが………)

在宅ワークの就活をしているなら就労支援行かなくていいじゃんって感じです。

最低賃金で相手の都合よい立場の仕事を紹介されるために就労支援行くなんて馬鹿らしくないですか?

私は無理でした………

 

また友人から特殊B型を紹介されたので、そこに電話したいなと思ってます。

今本命のバイトが先行途中なので、そこがダメになり次第電話してみようかなと思っています!

就労支援辞めた方がいいのかな、と思いつつとりあえず保険でいたい気持ちもあってなんだかなあ……行く気持ちもうないのに………

 

就労支援で注意されて問題児になってた話

就労移行支援不登校をしているすみかです。

就労移行支援に行きたくなさすぎてほとんど行くことができなくなってるのですが、

今回就労支援の面談で軽く注意というか心配をされました。

というのも、今後障害者雇用の実習先に履歴書を送るのに対して“遅刻”“寝坊”をどうしたら良いのかという問題になりました。

私の経験上、バイトの遅刻もしてるし寝坊で遅刻もしてるので乗り越えなきゃ行けない壁だなと思ってます。

それを履歴書にどこまで書けば良いかを支援員さんと相談中という感じです。

障害者雇用だからできればできない部分を知ってもらってオープンにして働きやすい環境を作るために必要なことだそうです。

私の場合はとにかく寝起きが全く動かなかないのと時間感覚のなさが原因なので、確かに配慮してもらえたら働きやすさはグッと上がります。そんなことしてもらえるならありがたいことこの上ないです。

 

ただ!ただ!一言言わせてもらうと!

就労支援不登校になっているのは就労支援に行きたくないからです!仕事はギリギリ行けると思いますよ!!!!就労支援が本当に通うのにメンタル消費されるので不登校してるだけです!

と思いましたが言えずに、履歴書の障害特性を書くことになりました😅

 

実は受けたいバイト先がいくつかあって候補順にならべると

 

  1. 時短事務のバイト
  2. 焼肉屋のバイト
  3. ラブホのバイト
  4. 支援員さんが見つけてくれた仕事

 

って感じですごいやりたくない仕事なんですよね😂

ただそこは社員登用があるので長く続ければいずれは社員にさせてもらえるのはありがたい話です!

(バイト先を下見しに行ったら、自分に合わないと分かる仕事で泣いちゃったのにバイト申し込むのって悩んでる)

 

わーとにかく実習は行きたいと思ってるので

履歴書また書き直ししてから提出したいと思ってます😖

がんばるぞーーー

4年ぶりに父親に会った

3年か4年ぶりに父親に会った。

小生の地元は東京から特急を使って片道3時間ぐらいのところにある。

街はどんどん廃れていくし災害の爪痕は未だに傷を残したままである。1人1台の車社会、超高齢者が暮らす過疎地である。

小生は新卒の時に働いていた会社でうつ病になり(後に双極性障害と診断される)パニック発作で救急車に運ばれたことをきっかけに父親にバレて折檻され縁を切った。

縁を切ると同時に、親に絶対にバレず会わない場所だと思って引っ越しをした。

4年近く音信不通となり、最近になって親に会いたいと思う気持ちが強くなり、こないだ父親との連絡をとり会う約束をした。

 

結論から言うと父親に会って本当に良かったという気持ちが大きい。

 

小生の家は話し合いすることが難しい家庭だった。誰1人として話し合いをすることができず、鋭い言葉を投げては相手を威圧することが多かったように思う。

母親の考え方が強くて、母親の考え方にそぐわないと頭ごなしに否定される。

父親は会話はしても話し合いは避けて、考え方や意思は変えないというタチだった。

自分の家にいるのにどこか自分の家に帰りたいと思って少年時代を過ごしていた。

家族内では妹は比較的普通の子だったので両親は妹を可愛がっていたように思う。

 

小生ができないことに対して妹はちゃんとできる。

進路も妹のことを考えて進学してくれたと言われたり、妹が学校で作った成果物を飾っていたりした。

小生にはそんなことしないのに、と何かことあるたびに妹が羨ましいと思っていた。

妹がとにかく羨ましかった。

小生も妹と同じように可愛がられたかった。

 

長女は育てるのが難しいと言うが、発達障害を持つ小生は殊更に育てるのが難しかったと思う。

発達障害は治すことができないし、小生が子どもの頃に療育という概念があったかも怪しい。

子どもの頃から自我が強く、多動がやめられず走り回り、忘れ物ばかりで、不注意が多いので人の話が聞けず、気がつけばぴょんぴょんジャンプすることが多かった。

 

チャイムを押したら、父親が出てきてニコニコしながら家に招いてくれた。私が子どもの頃から大学を出るまで育った思い出のある家である。

父親とおばあちゃんが出迎えてくれた。

家に着くと軽く挨拶と今まで何をしたかを言いたくない範囲で話した。

そしたらよく頑張ったな〜って言われて会えて嬉しいと気持ちを言葉にしてくれた。

会えて嬉しい、そんなふうに気持ちを言葉にすることが少なかった父親がハッキリと伝えるのが珍しかった。

そこからはお寿司を出してもらって軽く酒を飲んだ。

何か話すたびに父親は会えて嬉しい、とにかく嬉しいと何度も言った。

小生を育てた中で厳しくしたことを謝られた。

今まで怒られたことしかなかったので、謝られたことや嬉しいと言葉にされたことを驚いた。

実は小生が勘違いしていただけで、親子の関係は良かったのではないかと思った。

小生は子どもの頃が親に怒られて強くキツく言われた経験しか覚えていない。家の謎のルールに従い友だちを作ることに制限があった。

小生は今まで家族を毒家族だと思っていた。

だが実は親なりに考えて厳しくしていたのを知る。それはもちろん限度を超えていた時もあると思うが、それでも愛情なのだと知ると、毒親とは言えなくなってしまった。

でも、でもだ、親に希望を言うなら甘えても良いところは甘えたかった。厳しすぎたところは苦しかった、厳しくていつも孤独だった。そんなところを知っていたなら、少しだけ甘えさせて欲しかった。

父親はごめんな、と会えて嬉しいと繰り返す。

子どもの頃はずっと寂しかった、ごめんな、来てくれてありがとな、会えて嬉しい

何回同じやりとりをしたか分からない。

そこにあったのは父親としての愛情だった。

おばあちゃんはニコニコしながら良かったね、良かったと言った。

小生はいったい家族に対してどんな幻想を抱いてきたんだろうと思った。

小生の家族は本当は幸せな家族だったのではないだろうか。

小生がもう少しだけ素直に躁鬱と向き合っていたなら父親と上手くやれた可能性もあっあのではないだろうか。

小生がADHDじゃなかったら、家族がバラバラにならずに済んだのではないだろうか。

家族の毒は本当は小生だったんではないだろうか。

母親を異常にしたのも小生が異常だったからではないだろうか。

小生は、小生は、小生は、、、

小生の人生を振り返ってみると苦しいことが多かったように思う。それでもADHDじゃなければ家族みんなが笑顔で過ごせたのではないだろうか……………

小生は小生のことを呪った。

全て悪かったのは小生だと理解した。

父親は悪くなかったのかもしれないと思った。

父親を厳しくさせたのは小生が劣っていたからだ。妹に対して甘かったのは劣っていなかったからだ………。

小生が父親を厳しくさせたのだ。

 

本当にそういうことだと完璧に理解できてしまった。

そういうことなのだ。

小生が悪かったのだ。

父親は悪くなかった。

 

それでもやっぱり、鬱で苦しい時に鬱を否定し散歩をしろ運動をしろと怒ったことは許せない……あの時にだけは優しくして欲しかった。

優しく慰めて欲しかった、優しい言葉をかけて欲しかった……。

 

5時間ほど話してお暇することにした。

人生の中ですごく有意義な時間だった。

こんなに気持ちが揺れることは早々ないと思った。

 

父親が帰りは車で空港まで送ってくれた。

父親とする会話が心地よくて帰りたくなかった。

嫌いな地元を好きになれそうだと思った。

 

空港についてまた会おうと約束をした。

約束をして、また父親と会うためにお金を稼いで父親の生きる土地に会いに行こうと思った。

仕事先はない。それでも小生はあの土地で生きるしかない。

地元に帰りたくなって、父親と一緒に暮らしたくなった。

それでも、それでも一緒に暮らせば父親の嫌いな面を見ることになる耐えがたいと思った。

この距離感がちょうど良いのかもと思った。

 

小生は飛行機に乗って帰る。

今度は母親に会いたいと思った。

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就労支援行けなかった〜〜〜!!!!!

就労支援行けなかったよー!

でも今日は理由が分かって行けなかったので、

とりあえず理由が分かるようになって一歩前進です。

行けない理由は、就労支援のメインの就職先は接客や品出しのアルバイトなので、正社員として働くことができないってことがダメだったみたいです。

前職は正社員だったので、自分の履歴書に正社員以外を書くようになるのがすごく不安です。

学生時代のアルバイトは1年半くらいしか続かなかったので、たぶんこの先も続けることが困難で壁に当たると思ってます。そのときにせっかくの正社員になったのに正社員への転職を諦めてしまうのが悔しくて仕方ないです。

障害者雇用でのアルバイトは社員登用がない可能性が高いのでやって死ぬまでフリーターなんだなと思うことが辛いです。

正社員になりたいと思ったらダメなんでしょうか。私だって障害者雇用の正社員になりたいです。

でも都会じゃあないんだから、正社員なんてあるわけないです。田舎の障害者枠はA型しかないんです。それなのにスーパーやホームセンターに新規開拓営業をしてくださって実習先を見つけてきて障害者枠のバイト先を提供してくれる就労支援員さんたちに感謝しかしてないんです。こんなに良くしてくれる人いません。

日中の個人別関連でスマホいじってゲームしてる利用者に怒ることなく見守ってくださるなんてなんて優しいんですかね。素晴らしい人たちです。

なのに、なのに、なのに、ないものねだりして、正社員とか、言ってんだろうね

働く場所なんてないんだから、就労支援に行け

働く練習をしろ